2012年9月より「複業」を始めました。

九州の佐賀県にて

デザイン事務所の個人事業を営んでおります ふーと申します。


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私の事務所 兼 自宅です


開業する以前は 某所にて11年間、

職業訓練指導員として働いてきました。


うち2年間は、休職して大学院にて勉強したり、

うち1年半は、産休・育休でのんびりしてました。


あ 病気休暇を半年ほど取った時期もありました。



実質、訓練生と接した期間は7年ほどしかないのですが、

とてもやりがいのある職場でした。

変な同僚にも恵まれ(笑)、大変楽しい職場でした。



諸事情により佐賀県に引越

高速道路を使っての1時間30分の道のりを通勤してました。


自分的には高速道路通勤は「あり」でしたが、

さすがに妊娠したり、育児が始まると

時間的な制約がでてきてしまい、

その職を続けて行く事を断念せざるを得なかった訳です。


専業主婦になり、夫や可愛い子供たちに囲まれ、

主婦業をenjoyする という選択もありましたが、

私は、仕事を続ける道を選びました。



これまで デザイン業1本で仕事をつづけてきましたが、

事業拡大をもくろむべく 

2012年9月より複業を始めることにしました。


複業に選んだ業種はアフィリエイトです。


現在 師匠の元にて猛勉強中です。

一日でも早く結果が出せるよう

日々勉強・日々努力で頑張って行こうと思います。




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出生から保育園時代

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生まれは熊本県熊本市の とある産院。

私には、一歳年上の兄がいます。


兄は、私と初対面。


母の横にねむる私の顔をみるやいなや


私の頬を 思いっきり びんた したそうです。



もちろん私は大泣きです(笑)。



産まれてからは、熊本県宇土市不知火町松合 の母の実家にしばらく住んでいました。



母は、近くのお寺さんにて保母さんとして勤めていました。


父は、熊本県の教職員でした。



当時、父は、単身赴任にて山奥の過疎の小中学校に勤務していたので


ほぼ日中は 私は祖母と一緒に過ごしていたそうです。




松合は、海沿いのちいさな集落で

不知火(しらぬい、しらぬひ)という蜃気楼

ある時期の夜の海に見える町です。



昔は がよく採れており 毎年のように


母方の親戚一同(30人以上)であつまって 


山盛りの蟹を湯がいた大鍋を囲み


わいわいやっていました。



今思うと、あの頃は贅沢だったなぁと思います。



ちなみに



リング、らせん などの「貞子」のモデルとなった女性

御船 千鶴子(みふね ちづこ、1886年7月17日 - 1911年1月19日)

さんの家と、ご近所さんだった とも。


w( ̄Д ̄;)wワオッ!!



母の小学校の通学路 途中に

彼女の生家があった と 母から(ごく最近!)聞きました。



千里眼をもつ その彼女の自殺した話を、小学生の当時、聞いていたそうです。


母は、リングやらせんの映画の事は知りませんでした。


千里眼 を持つとして もてはやされ
研究対象として連れまわされた
結果
奇怪な目で見られ 悩み 自殺した女性・・・


そんな近くに いらしたなんて!


鳥肌ものです。




2歳の頃 福岡県大牟田市へと引っ越しました。


父の実家です。




私の祖父は、国鉄時代(今のJR)の大牟田駅長でした。


当時、「駅の売店に置かせてください」とお菓子メーカーが


わんさか持って来た お菓子の箱が 二階の部屋に


山と置いてあったと聞きました。



近くの保育園に入園


大人用の三輪車の後ろの荷台カゴに 


兄と2人 乗って通っていたのを覚えています。




もっぱら、園のお遊戯会では 


赤ずきんちゃんや白雪姫など


主役をつとめていました。

 


いわゆる 先生から好かれる


おとなしい いい子ちゃん




優等生キャラが徐々に確立しつつありました。

川 ̄ー ̄川 ワンレンニヤリ




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小学校時代

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保育園に隣接する小学校へ入学


同じ保育園出身の 森くんが好きでした(笑)。


入学式にて、その森くんと手をつないで体育館に入場できたのを


いまでも覚えています☆



低学年頃からは、スイミングスクールに通いだし 


おかげさまで、泳ぎは得意になりました。


海で泳ぐのも大好きです。



毎年、夏には 父が顧問をつとめる柔道部の生徒さんと一緒に


海にキャンプへ出かけていました。




母の実家には、漁用の船があったので、蟹採りについていったり


夜のいか釣り、昼のあらかぶ釣りといろいろ体験しました。



6歳下に弟が産まれました。




ピアノも習い始めました。


ピアノは、順調に上手くなっていたのですが・・・

中学校へ入る前、先生のセクハラっぽい行動が嫌になり

泣きながら 母に訴え ピアノ教室は辞めてしました

(今思うと 単に 先生が、


鍵盤に置いている私の手の上から 自分の手を重ねた程度だったような


気もするんですが。 それが苦痛だったんでしょうね。小学生自分。)




当時、私の両親は、「柔道を始めた兄」に熱心で、若干わたくし


相手にされず ひねくれていた感がありました。


おとなしく 優等生的な 枠にはまっていたんでしょうね きっと。




5年生頃の話です。


私は、地域のバレーボールクラブに所属しました。


始めて間もないころ、試合の日が 兄の柔道の試合と重なったことがありました。




同じ日に自分も試合があること、お弁当が必要なことを母に言えず


当日、父・母・兄が出かけた後 弟のおもりに来ていた母方の祖母に


ガスコンロを使うことの許可を得、自分でお弁当を作り


さみしく試合へ行ったのも覚えています。



今でも覚えているなんて、きっと根に持つタイプなんでしょうね私(苦。



そのバレーボールクラブも6年生までは続けましたが、 


「同学年の中で、一番始めに入部したのは私」だということを


コーチが忘れていた というささいなきっかけ


つまらなくなり 辞めてしまいました。



人生どこに 引き金

があるか分らんもんですね。


バレーボール自体、向いていなかったのかもしれませんが・・・。



4年生の頃、ご近所の郵便局の息子くん のことが好きになりました。


特に告白する訳でもなかったのですが


毎年の年賀状とバレンタインデーのプレゼント


欠かさず渡していました。



お返しももらえていたので それでよかったんでしょう☆


可愛いものです。




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中学校時代

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兄は、熊本県の有名な中高一貫の私立の学校へ進学しました。


私は、別になにも理由はないので 近所の公立中学校へ入学



なんとなく美術部に所属


この美術部にて


漫画・コミケ・同人誌・やおい に 出会う



仲良くなった友達のお姉さんが 今で言う「腐女子」で。


当然、その妹もその流れで・・・・


私は、その友達+複数人で 「交換マンガ」なんて描いていました。


(1ページづつ、ストーリーを描き、つづきのストーリーを次の人が書くという感じで・・・(汗 


キャラは当時 好きだったアニメキャラです。)




当時の はやり は 聖闘士星矢 。 シュンくん大好きでした☆


...ヽ( ´_つ`)ノ ?




同人誌買ったり 描いたり コミケ行ったり コスプレしたり(笑)。


みやざきアニメも大好きで、


最近、実家を片付けていて、でてきたメモ紙の内容が


とても恥ずかしかった   です。





やっちゃったメモ紙を公開しましょう。


担任の先生宛に書いたメモ


※あえてリンククリックにさせていただいております。むふ。





今振り返ると 楽しい時間でした☆ ( ̄∇ ̄;) ハッハッハッ







そういえばもう一つ 恥ずかしい 失態が・・・。



あこがれの郵便局の息子に バレンタインデーのプレゼントにて 


「風の谷のナウシカ」


ベスト曲をカセットテープにダビングして 渡してしまったこと(笑)。




当時のわたくし 大真面目に 「イイ(・∀・)イイ!! 」と思ってプレゼントしたんですが・・・


たぶんこれが 後の事件の結果を招いた原因だったのではないかと 今、思います。




中学3年の時 女友達に呼び出され、近くの神社にて待ち合わせ。


行ってみると 男子が待っていて、 なんと告白☆  きゃー


こんな私に 告白なんて まぁ めずらしい男子。



小学校からの知り合いだったので


とりあえず、お付き合いすることになりました。



映画観に行くのも どきどき でした。


前の日に、友達と一緒に新しい服とバッグを買いに行ったり  


いや〜 うぶな感じもイイですね。



何度かグループデートをしたり、

お互いの家をたずねたりと仲良くやっていましたが、



始めての×××で ちょっと失敗。(v_v。)人(。v_v)ポッ♪


お互い気まずくなった感じで・・・。


当時は携帯電話もないので ね 。 


なかなか意思の疎通(そつう)もうまくいかない訳です。


その彼とは、高校へ進学するとともに 自然消滅いたしました☆



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高等学校時代

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公立高校の英語クラス推薦枠にて進学



毎年、柳川市の御花(おはな)にて「英語合宿」なるものが、


行なわれていました。



優先的に学校の補助金を使ってのホームスティ枠に参加できたりと


優遇なイベントがあったにもかかわらず


びびりな私は ホームスティのチャンスを スルー。


今でも、ホームスティ経験者である兄から「びびり」と言われます。




さらに、私の学年はやや落ちこぼれ?だったみたいで


よく授業中に、ティーチャーから怒鳴られておりました。


学期の途中で担任が変わったので もしかすると担任の指導能力が低かったとか?!


あはは。



高校に進学してすぐ 弓道部に所属しました☆


はかま姿にあこがれました。 キュ━━ヽ(*゚ω゚*)ノ゛━━トォ!


さらに、3年生の先輩の中に「萌え」な人 発見ーーーーーーー。


そのお方は、部長さんでした。



たまに ゴム弓を引いている我々の様子をみてくれるわけです☆


手取り足取り・・・(〃∇〃) てれっ☆



つらい基礎訓練の毎日が楽しくなりました。


単純ですね。



高校2年ともなると 周りは恋花ばかりが咲いています。


ふと思ったのが「郵便局の息子くん」。


ふと思った程度か! と突っ込まないでくださいね。


思い切って 電話にて告白しました。



結果は 後日。




どきどきして待っていましたが なかなか返事がもらえず。


再度電話してみたところ・・・・・・・・・・




「通ってる高校が違うから ごめんね」



=( ̄□ ̄;)⇒




えーーーーー。じゃったら 最初の電話で断ってもよくない?



初めての告白が 散った瞬間でありました。



きっとあの「ナウシカ」が 余計な知識を彼に与えてしまったのではないか?

と妄想し、この告白は封印いたしました。


ε- ( ̄、 ̄A) フゥー




そんな矢先 卒業した弓道部の部長先輩が急死



みんなで通夜に参列しましたが


しばらく気持ちが 沈んでしまったのを覚えています。




近い知人の死は、その時が初めてでした・・・。




3年になろうとした春 



なんと 弓道部の後輩くんから告白されました。


いや〜どこになにが落ちているかわからんものですね☆


特にお断りする理由もなかったので、お付き合いすることになりました。




当時、後輩から呼ばれていたあだ名が 「あねご」



お付き合いも そんな上下関係でした。



勉強を教える という理由を口実に 彼の家へ遊びに行ったり。


毎日部活があるし、こちらは英語クラスの課外授業があるしで


まぁ デートする時間もあまりありませんでした。



二人の連絡は 「下駄箱にお手紙」という可愛らしいものでしたよ☆


かなりアナログですねー。



最近、そのお手紙類も 実家から発見しました(汗。



これもまた 読むと恥ずかしい・・・。




夜中、自分の部屋を抜け出して 彼の部屋を訪れたりと 


なにやってたんだか


って感じですが。


いろいろ楽しく遊んでいたような気がします。





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大学時代

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教育大学の美術科に進学しました。


センター試験の結果はいまいちでしたが ココは


実技中心の採点だったので ラッキー で入学できた感じでした。



ロフト付きのアパートで、のら猫と一緒に暮らしていました。


いや美術科って楽しい☆



陶芸・写真・版画・印刷・木彫・鋳金・油絵・水彩画・創作・抽象・具象

家具・織物・染物・石彫・アースワーク・・・



実技 楽しすぎです。




個性豊かな友人にも出会えました。


今でも、4年に一回 同窓会を開いています。


オリンピックと同じ年に開くことにしているので

今年は同窓会の年です☆



それぞれの近況を聞くのが楽しみです。




大学では、木彫と塑像(そぞう)をメインに制作をしていました。


おもなテーマは、女性の裸像



お金ないんで モデルさんは通常「自分」



なかなか恥ずかしいことをしていたんだなぁと 振り返って思います。

 ( ゚∀゚)アハハ




しかし、木彫ルームの恩師には かわいがってもらえ、


いろいろとよくしてもらいました。


今は、退官され名誉教授となられていますが、たまに会いにいっています☆




私が就職できたのも、とある日 


この恩師と昼食を食べに行ったからで。



忘れもしません お店の名前「しょうすけ ふるさと村」。



教員採用試験で「落ちた」通知をもらった頃でした。



たまたま、その日に同席した私に


就職の話題を振られ、コネ案件を紹介していただくことになったという・・・。


これもまた ラッキーでした。



私が「おじさま好き」な感じはこのころからかなぁ?と思います。




大学に入ってからも、弓道部に所属


大学は、高校時代とは違い 


交流の範囲がひろくて更に楽しく弓道ができました。



しかし、私の知人である某大学の弓道部部長が、


のちに私が知り合った旦那の 高校時代の友達だったなんて


披露宴会場で顔を合わせて びっくりでした。


こちらのゲストとあちらのゲストとで


ぷち同窓会が開かれていました(笑)。



世間はせまいなぁと。




ちなみに、HN(ハンドルネーム)の ふー は、


大学時代に、同じ弓道部の女子から初対面で


「藤×× だから ふー って呼ぶね」と言われ、 


以来 大学のサークル仲間にしか

呼ばれていない という あだ名です・・・。





ちょっと遠くの自動車学校へ通いました。



私が通った大学は


まぁとにかく 田舎にあったので せめて行動範囲を広げようと思い、


借りたアパートも あえて大学から一駅、 通った自動車学校も


同じ大学の人がいないような所へ・・・。




その自動車学校でも 声かけられました。


ぼーーーーーっとしてるんでしょうかね 私。


まったくその人(男性)に気付きませんでした。


「何回か同じ時間になったよね おぼえてる?」的なことを言われましたが



さっぱり記憶にございません。。



その後、高速教習やらが一緒になったので なんとなく仲が良くなり、


私が 車につづけて 自動二輪の免許も取る、ということを伝えると


「自分も取る」と。



なんとなく なんとなく が続いて、


多分これはきっとお付き合いしているのだろう


という感じになりました。



ここで書いちゃう ごめんなさい


この彼  自分のアパートで CDかけて


大声で歌うのが好きで


しかも 立って熱唱。



いままでに ないキャラだったんで 


「いや おもしろいなぁ このヒト」と思っていました。



ある日


私の心が若干不安定で、


「あなたが 遠くへ行くような気がする」みたいな


話になったことがあって。


その彼 なんと 


近くにあったガムテープを私に差し出しました



手と足を ぐるぐる


ぐるぐる・・・・



いろいろやり取りはあったと思いますが




忘れました。






覚えているのは そのぐるぐるまきの彼を


私のアパートに一人おいて


私は、大学の講義へ 出かけた ということ。



数時間して帰って来た時 彼は無言で 



若干泣いてました





しばらくして 音信不通になりまして、


彼のアパートを尋ねても


だれもでない・・・。



バイクはあるので、住んでいるだろうと思いましたが


とくに


「おつきあい」していた訳ではなかったので


様子をみることにしました。



結局 この彼と再会したのは 4年くらい経ってから


偶然、福岡市の街中ですれ違いました。



(どんだけ偶然やねん って感じですが)



聞くと、バイト先の中州の違法カジノ


警察の手入れにあって 


そのまま 数年捕まっていたそうです。


ほぇ〜 。


数年ってことは 働いていただけじゃなく


何かやってたなって感じですがね。






出所後の彼に会いましたが 特に燃え上がることなく(笑)


食事をして「じゃ、またね」とおわかれしました





自動車学校の彼と音信不通状態の時 


私はとある居酒屋にてバイトを始めました



「居酒屋 しんきち」



二階が雀荘(じゃんそう)でした。



お店には なんだかあやしい系のおにいさまやおじさまが

出入りされていました。



結局 この居酒屋店長、出入りのあやしげなお客から


たびたび二階の雀荘に呼び出され



そっちの借金で 居酒屋は1年もしないうちに


閉店となってしまいました(汗。



バイト中 私はいいことありました☆


バイト仲間から 友達を紹介してもらい お付き合いすることに。



バイト仲間もその友達もバンドマンだったので


彼らのスタジオ練習についていったり ライブハウスにいったりと


これもまた いままでにない面白い経験ができました☆



Blanky Jet Cityのファンになったのもこの頃です。


東京 長崎 福岡 熊本 ・・・ツアーおっかけしてました(笑)。


当時のファッションスタイルは まさしく


シド&ナンシーの気分です(笑)



もともと コスプレ好きなんで そんな世界にも


すぐに はまっちゃうんでしょう。



現在、家には 当時のお宝の 


レコード、雑誌、VHS、ツアーグッズ、DVD、会報誌なんかが山積みで、


コールドミンククラブ(ファンクラブ)をやめて2年くらい経ちますが、


なかなか処分できないでいます。


(。-`ω´-)ンー




ちなみに浅井さん(ベンジー)も好きですが、


照井さん(めちゃダンテぃで、かっこいいんだよ〜)の方が好きでした。



そうこうしているうちに就職。


SBSH0232
 ↑ ふー 23歳くらい @沖縄


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就職(北九州)時代

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ものすごいラッキーで 福岡県職員に採用されました。


職種は 職業訓練指導員です☆


出先の学校にて約11年ほど勤務していました。



大学時代、論文をワープロで書いていた時代です。


当時の私は、Mac?なんのこっちゃでした。


採用試験前の数日間 とある機関にて猛特訓をうけ、Illustratorをとりあえず


使えるようになりました。



試験はなんとか合格。受験生は3人でした。



後に聞いた所によると


「××先生の紹介という理由もあったが、あなたが唯一の女性だったので」


私を選んだらしいです(汗。



採用されてからは、現場(学校)にて学びながら教える


みたいな期間が数年ありました。



その期間は主に、知識のある座学を担当し、


PCなどの実技は他の先生のアシスタントをすることで


なんとかやり抜きました。



今思うと むちゃな採用だったなぁと。



今はありえません。パソコン導入されてすぐの時期だったから これもまた


ラッキーだったと。



その職場で、先輩先生と仲良くなりました。 



これもまた大人はむずかしいですね(汗。



食事に誘われたりしても 「おつきあいしましょう」とは 言われません。



バンドマンの彼とまだお付き合いしていた時だったので 


「先輩だから食事に誘ってくれるのだろう」と あまり深くは考えていませんでした。



時が経つにつれ 職場も一緒 残業も毎日21時頃まで一緒 


仕事帰りにドライブに誘われたり 食事に誘われたり


ゴルフに一緒に行ったり


釣りに一緒に行ったり


趣味のバイクでツーリングへ行き始めたり・・・と




SBSH0233
 ↑ Kawasaki ZX-9Rと ふー @北九州


なんだかだんだん 


バンドマンの彼と会う時間より 


先輩先生と会う時間の方が多くなってしまっていました。



丁度この時期 私の兄が結婚。



それをきっかけに バンドマンの彼に聞いてみることにしました。



「結婚とか どう考えてるのかな?」



このとき私23歳くらいです。



「もうすこし遊びたい

(バンドをつづけたい)かな」


と彼。



この時、私は 彼の家族とは 親しくお付き合いさせて頂いていて


お姉さんの赤ちゃんを だっこさせてもらいに行ったときに


お姉さんに「次は××達だね?」と言われ


彼親もニコニコしてて 彼もなにも言わなかったので


「私はこの彼と結婚するのかなぁ」と漠然に思っていました。。



でもこの彼の言葉。



そっかぁ となんだか少し 彼に対して 


さめてしまった自分がいました。



「実は仲良くさせてもらってる人が居る」との話をして 


バンドマンの彼とは、お別れをすることにしました。



ここで 一悶着(ひともんちゃく)ありましたが、省略します(苦)。



バンドマンの彼と別れた後 先輩先生に話をすると




なんと





なんと





この先輩先生には「婚約者さん」がいらっしゃるとのこと・・・・






はぁ?





って感じになりましたが




この時すでに 


この先輩先生のことが好きになっちゃってたんで


この状況がよく分りません。




彼の話によると


「婚約する前、その彼女とお付き合いしている時に 

諸事情により中絶をしてもらってる」


「向うのご両親には 

『将来責任もって結婚します』と約束してしまった」


とのこと・・・。


そしてごく最近、改めて「結婚します」


と向こうのご両親に報告したと・・・・。





ガ━━━(°Д°;)━( °Д)━(  °)━(  )━(°; )━(Д°;)━(°Д°;)━━━ン!!!!!




ここにきて アンラッキー な出来事が・・・・・・・・。



タイミング悪すぎ。



でも しばらくたっても彼はなんら行動が変わりません。


???


いままでどおり。


食事に誘われ ドライブに誘われ ゴルフやツーリング・・・


???



私のアパートにお泊まりする日もでてきました。


そうこうするうちに


とうとう結納の日がやってきました。




その前夜も 彼は私のアパートに泊まっていました。


結納当日、「別かの」のアパートから行きますか?


ふつー。



彼の行動、良くわかりません。


???



彼と私の行方の続きはまた 加筆します・・・・。